時津風部屋の事件
あれはリンチであろう。
あれは、集団いじめであろう。
悪気がなかったと言って済ませることは許されない。
狭い社会での価値観の基準の違いの問題とはいえない。
相手が逃げられない状態だと人間はどこまでも残酷になる。
そういう心理学実験の報告もある。
だから、刑務所などでの監視官が収監された人をいじめることがあるのだ。
それがいじめの発展形なのだ。
そのもっと発展した形が戦争だ。
戦争の捕虜へのリンチはもっと惨いものだ。
それが、今回の部屋の事件と通ずるものがある。
あれは、集団いじめであろう。
悪気がなかったと言って済ませることは許されない。
狭い社会での価値観の基準の違いの問題とはいえない。
相手が逃げられない状態だと人間はどこまでも残酷になる。
そういう心理学実験の報告もある。
だから、刑務所などでの監視官が収監された人をいじめることがあるのだ。
それがいじめの発展形なのだ。
そのもっと発展した形が戦争だ。
戦争の捕虜へのリンチはもっと惨いものだ。
それが、今回の部屋の事件と通ずるものがある。
障害があるということは、反社会的行動の免罪符であるわけじゃない。
今日、あるASを持つ反社会的行動を取りがちな青年と出会った。
こういう人と出会うのは、私の仕事上、珍しいことではない。
−−−−−
一方、この数日、親に斧を振り下ろした青少年たちのニュースを聞いた。そして、過去に起きた発達障害がらみの反社会的行動にまつわる事件やニュースを思い出した。
−−−−−
思うに、
ASであるということ、障害があるということは、決して、反社会的行動をしてしまうことの免罪符とはなりえない。
そのことは、人として生きていくうえで、大前提である。
もちろん、人は過ちも犯す。
しかし、過ちに気付いたなら、反省をし、二度と行わないようにするものだ。
意図的に悪事は働くべきではない。
わからなかったんです。
それが悪事になると知らなかったんです。
という言い訳が通用するのは、何回までだろう?
人は経験に学習し、成長するものだ。
成長するよう務めるものでもある。
障害を悪事の免罪符として使用しようとするならば、それは同じ障害を持つ人たちを冒涜するものである。
また、自分自身の命の尊厳を、みずから貶めるものでもある。
どのように行動の決断をするのか。
それが一人ひとりに課せられた課題であり、それは、障害の有無に関わらず、自己決定による行動であるために自己責任が1つ1つに発生するのだ。
そのことは、定型であろうとASDを持っていようと、生命が同じ重さであるように、公平に平等に、等しく、自己が決断した行動の責任を自己で負わなくてはならないのである。
−−−−−
学習をしたいなら、助言を求めるなら、
自分のこれまでの常識や生き方を覆す覚悟も必要だ。
助言を受け入れ、自分を変革する努力も必要だ。
そのことを、認識しておかなければならない。
人は成長しなければ、幸もまた訪れないものであるから。
こういう人と出会うのは、私の仕事上、珍しいことではない。
−−−−−
一方、この数日、親に斧を振り下ろした青少年たちのニュースを聞いた。そして、過去に起きた発達障害がらみの反社会的行動にまつわる事件やニュースを思い出した。
−−−−−
思うに、
ASであるということ、障害があるということは、決して、反社会的行動をしてしまうことの免罪符とはなりえない。
そのことは、人として生きていくうえで、大前提である。
もちろん、人は過ちも犯す。
しかし、過ちに気付いたなら、反省をし、二度と行わないようにするものだ。
意図的に悪事は働くべきではない。
わからなかったんです。
それが悪事になると知らなかったんです。
という言い訳が通用するのは、何回までだろう?
人は経験に学習し、成長するものだ。
成長するよう務めるものでもある。
障害を悪事の免罪符として使用しようとするならば、それは同じ障害を持つ人たちを冒涜するものである。
また、自分自身の命の尊厳を、みずから貶めるものでもある。
どのように行動の決断をするのか。
それが一人ひとりに課せられた課題であり、それは、障害の有無に関わらず、自己決定による行動であるために自己責任が1つ1つに発生するのだ。
そのことは、定型であろうとASDを持っていようと、生命が同じ重さであるように、公平に平等に、等しく、自己が決断した行動の責任を自己で負わなくてはならないのである。
−−−−−
学習をしたいなら、助言を求めるなら、
自分のこれまでの常識や生き方を覆す覚悟も必要だ。
助言を受け入れ、自分を変革する努力も必要だ。
そのことを、認識しておかなければならない。
人は成長しなければ、幸もまた訪れないものであるから。
スティーブ・クルーパー博士によるPEP3研修会
この土日、佐賀市内で、フェイアットビルTEACCHセンター所長のスティーブ・クルーパー博士を講師にお迎えして、新しい自閉症児のための発達検査である、PEP3の研修会を開催した。
スティーブ先生は、非常に誠実にこの検査の良い点と弱点について詳細してくれた。
ビデオを見ながら採点の練習もあった。
今回のPEP3は、採点法がこれまでと大きく異なる点が、より適切な研修を必要とする部分である。
PEP−Rと似ている器具もあるが、標準化されているために一式購入しなければならないし、似ていて、原理や方針は同じであっても、その構成は大きく異なる。
PEP-Rを使うことに馴染んでいる人ほど、新しいPEP3の構成を学んだり採点法と解釈を学ぶのに、その切り替えに時間がかかりそうだ。
これは十分注意深く研修を進めなければならんと思った。
月曜日は祝日であるが、この日、それいゆはスタッフ研修をする。
スティーブ博士に、実際にそれいゆの利用者である4歳の子どもさんの検査を採ってもらい、それを実地に見せていただきながら、スコアリングと解釈の研修を受けるのだ。
今回のPEP3には、「しかるべき研修を受けてから実地に行うこと」と明記されている。私どもは、今後も研修の機会を設定していく方針である。
なお、8月15日に発売開始された日本語版PEP3であるが、すでにいくつかの間違いを発見している。翻訳チームが校正した部分が印刷に反映されていなかったりしている重要な部分もあった。
そこで、間違いについて翻訳チームで確認したことについては、私どもの責任として、今後、NPO法人それいゆのHP上でお知らせしていくことに決定した。もちろん、版元である川島書店にも伝え、直ちに、今後購入される方には訂正文を挿入していただくことにします。
皆さん、PEP3の間違い箇所のお知らせについて、それいゆのHPを時々チェックしていただくよう、平にお願いします。
スティーブ先生は、非常に誠実にこの検査の良い点と弱点について詳細してくれた。
ビデオを見ながら採点の練習もあった。
今回のPEP3は、採点法がこれまでと大きく異なる点が、より適切な研修を必要とする部分である。
PEP−Rと似ている器具もあるが、標準化されているために一式購入しなければならないし、似ていて、原理や方針は同じであっても、その構成は大きく異なる。
PEP-Rを使うことに馴染んでいる人ほど、新しいPEP3の構成を学んだり採点法と解釈を学ぶのに、その切り替えに時間がかかりそうだ。
これは十分注意深く研修を進めなければならんと思った。
月曜日は祝日であるが、この日、それいゆはスタッフ研修をする。
スティーブ博士に、実際にそれいゆの利用者である4歳の子どもさんの検査を採ってもらい、それを実地に見せていただきながら、スコアリングと解釈の研修を受けるのだ。
今回のPEP3には、「しかるべき研修を受けてから実地に行うこと」と明記されている。私どもは、今後も研修の機会を設定していく方針である。
なお、8月15日に発売開始された日本語版PEP3であるが、すでにいくつかの間違いを発見している。翻訳チームが校正した部分が印刷に反映されていなかったりしている重要な部分もあった。
そこで、間違いについて翻訳チームで確認したことについては、私どもの責任として、今後、NPO法人それいゆのHP上でお知らせしていくことに決定した。もちろん、版元である川島書店にも伝え、直ちに、今後購入される方には訂正文を挿入していただくことにします。
皆さん、PEP3の間違い箇所のお知らせについて、それいゆのHPを時々チェックしていただくよう、平にお願いします。
フェイアットビルTEACCHセンター長の来日講演会(大阪)
昨日は、フェイアットビルTEACCHセンター長のスティーブ・クルーパー博士の初来日講演会を主催しました。
後援をいただいた(社会福祉法人)北摂杉の子会とアクト大阪の皆さんには大変お世話になりました。
午前は、「ASDとTEACCHアプローチ」
TEACCHの人たちから、構造化された指導の説明をしないで、自閉症の特性と最新研究と、そして、TEACCHの原理と哲学についてきちんとした説明を聞いたのは、おそらく初めてだったかもしれない。
それがとても新鮮で、初めてTEACCHの人の講演を聞いたあるお母さんが涙を浮かべて感激したおられた。
とても素晴らしい講演だった。
午後は、「PEP3の紹介」
PEP-Rと名前は似ているし、検査器具も似ているけど、構成や採点法がかなり異なっており、最初はトレーニングを要する、ということが良くわかりました。
定期的な研修会の開催が必要かもしれないと思います。
明日からの週末は、スティーブに指導してもらう実習付きの2日間研修会をします。
翻訳チームメンバーはすべて集まります。
後援をいただいた(社会福祉法人)北摂杉の子会とアクト大阪の皆さんには大変お世話になりました。
午前は、「ASDとTEACCHアプローチ」
TEACCHの人たちから、構造化された指導の説明をしないで、自閉症の特性と最新研究と、そして、TEACCHの原理と哲学についてきちんとした説明を聞いたのは、おそらく初めてだったかもしれない。
それがとても新鮮で、初めてTEACCHの人の講演を聞いたあるお母さんが涙を浮かべて感激したおられた。
とても素晴らしい講演だった。
午後は、「PEP3の紹介」
PEP-Rと名前は似ているし、検査器具も似ているけど、構成や採点法がかなり異なっており、最初はトレーニングを要する、ということが良くわかりました。
定期的な研修会の開催が必要かもしれないと思います。
明日からの週末は、スティーブに指導してもらう実習付きの2日間研修会をします。
翻訳チームメンバーはすべて集まります。
佐賀県行政における発達障害者支援の計画
本日、発達障害者就労支援対策事業として、事業主向けのセミナーが行われ、私はその司会進行をさせていただいた。
講師は、
・連政江様(広島アイパック株式会社)の就労支援事業の紹介
・水野敦之様(それいゆ成人支援センター長)の発達障害についての講義
・企業で働く発達障害当事者からの談話
・浅見淳子様(株式会社花風社代表取締役)から、発達障害を持つ人を雇用するに当たって、企業側からの見解
以上、について、ご講話をいただいた。
大変有意義な学びができた。
一方、今朝の佐賀新聞に、佐賀県行政が、2010年をめざして、発達障害者支援を、幼児期から成人期まで一貫して体制整備をすることを発表した。
http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&classId=0&blockId=639791&newsMode=article
これは、先の時代に逆行するような頓珍漢な市長会からの要望書とは打って変わって、時代を先取りするような動きである。
県と市では、こうも見識が違うものかと呆れもするが、今後の推移を見守りたい。
講師は、
・連政江様(広島アイパック株式会社)の就労支援事業の紹介
・水野敦之様(それいゆ成人支援センター長)の発達障害についての講義
・企業で働く発達障害当事者からの談話
・浅見淳子様(株式会社花風社代表取締役)から、発達障害を持つ人を雇用するに当たって、企業側からの見解
以上、について、ご講話をいただいた。
大変有意義な学びができた。
一方、今朝の佐賀新聞に、佐賀県行政が、2010年をめざして、発達障害者支援を、幼児期から成人期まで一貫して体制整備をすることを発表した。
http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&classId=0&blockId=639791&newsMode=article
これは、先の時代に逆行するような頓珍漢な市長会からの要望書とは打って変わって、時代を先取りするような動きである。
県と市では、こうも見識が違うものかと呆れもするが、今後の推移を見守りたい。
忙しない毎日でした。でも、学びの喜びがありました。
ブリスベーンから帰国した日には、すでに、アインシュタインクラブ特別合宿が始まっていたし、すでにアン・パーマー氏が来日していて、いろいろ同時進行でバタついていました。放送局の張り付き取材も受けているし、ね。
その後、函館でのコンサルテーション。
旭川での勉強会。
佐賀に戻ってきて、友達授業。
そして、昨日は、アンディ・ボンディの勉強会で大阪。夫の仕事だけど、共通の友人だし、手伝いということで参加してきました。
筋は一本通っているけど、移動は身体に堪えるな。
夫も2週間もアンディにアテンドして、とても素晴らしい学習の機会だったようだけど、今日は身体にこたえているようです。
お互いに、良い年なので、身体を休めなくては、ね。
それにしても、非常に学ぶことの多い夏でした。
すぐに生かすことのできるようなことばかり。
また一方で、佐賀の行政がさらに動き始めています。
また報告できれば、と思います。
その後、函館でのコンサルテーション。
旭川での勉強会。
佐賀に戻ってきて、友達授業。
そして、昨日は、アンディ・ボンディの勉強会で大阪。夫の仕事だけど、共通の友人だし、手伝いということで参加してきました。
筋は一本通っているけど、移動は身体に堪えるな。
夫も2週間もアンディにアテンドして、とても素晴らしい学習の機会だったようだけど、今日は身体にこたえているようです。
お互いに、良い年なので、身体を休めなくては、ね。
それにしても、非常に学ぶことの多い夏でした。
すぐに生かすことのできるようなことばかり。
また一方で、佐賀の行政がさらに動き始めています。
また報告できれば、と思います。
北海道が本州並みに
今回の北海道出張で体感したことは、
北海道はもう以前の北海道ではないということ
何が?
気候が、です。
北海道ではいろんな食品業界の問題が噴出していますが、
温暖化による対応の変化も求められているのではないかと思います。
たとえば、羊羹もカビの生えたものが売ってあったり。それが発覚して問題になっていたわけです。もちろん、有名な「白い恋人たち」の消費期限を超えていた事件もありましたし。
佐賀の小城市も羊羹の産地ですが、暑くて湿気の多い佐賀の夏でもカビを生えさせることはありません。
それは、気候への対処、というか、取扱に慣れているのです。
ところが、北海道の人たちは地元に住んでいるから、以前の涼しかった頃の取扱のままのようなのです。って、一面的な感想ですが。
目の前のことは変化したことが見えないものなんだよな〜と、改めて感じ、自分に振り返って生かさなくてはと、思った次第でした。
北海道がんばれ!
九州は温帯から亜熱帯になったような感じです。北海道ももう温帯みたいですね。台風も多くなったしね〜。
お互いにがんばりましょう!
北海道はもう以前の北海道ではないということ
何が?
気候が、です。
北海道ではいろんな食品業界の問題が噴出していますが、
温暖化による対応の変化も求められているのではないかと思います。
たとえば、羊羹もカビの生えたものが売ってあったり。それが発覚して問題になっていたわけです。もちろん、有名な「白い恋人たち」の消費期限を超えていた事件もありましたし。
佐賀の小城市も羊羹の産地ですが、暑くて湿気の多い佐賀の夏でもカビを生えさせることはありません。
それは、気候への対処、というか、取扱に慣れているのです。
ところが、北海道の人たちは地元に住んでいるから、以前の涼しかった頃の取扱のままのようなのです。って、一面的な感想ですが。
目の前のことは変化したことが見えないものなんだよな〜と、改めて感じ、自分に振り返って生かさなくてはと、思った次第でした。
北海道がんばれ!
九州は温帯から亜熱帯になったような感じです。北海道ももう温帯みたいですね。台風も多くなったしね〜。
お互いにがんばりましょう!
佐賀の市長会は一体?
地元を離れている間に、こんなニュースが。。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070828-00000220-mailo-l41
佐賀県の市長会の意図は?
どんな意図があろうと、これでは、
「障害児は迷惑だ。そういう子ども達は通常学校から排除して別の学校に行くべきだ」と言っているかのように受け取られても仕方がない。
県民として恥ずかしい。
しかも、佐賀県の特別支援教育はまれに見るシステマティックな整い方をしていて、実際に有機的に機能し始めている。親達も喜んでいる。
その状況下で、市長会がこのような時代に逆行するかのような発言をするのは、一体全体、どういうことなのだろうか?
知事の反応は、文科省の言うとおりの言葉を使っており、実際に佐賀県教委ががんばっているところをきちんと市長会に伝えてくれていない。
確かにまだ完璧ではない。
最終的には「人材」が重要だからだ。
しかし、佐賀県教育委員会と、各センター校と、特別支援コーディネーターと、そして、私達、佐賀県特別支援専門家チームも、努力している。
市長会はどれほど知っていて、何が足りないと言っているのだろうか?
何が足りないというより、「排除」と取られる発言は、首長としての発言だろうか?
市長会の要望の一部を抜粋すると、
要望書は「普通の小中学校には(発達障害の)専門知識を持つ指導教師もおらず、設備面でも十分でない」と指摘し、発達障害の子を普通の学校で教育する現行の制度を批判。その上で「当該の障害児だけでなく、一般児童・生徒にも学習、生活面で深刻な影響がある」と訴えた。
(毎日新聞より抜粋)
この部分だけ見ると(新聞だから仕方が無いが)、時代を逆行しているのにほかならない。
また、そもそも、発達障害を持つ人たちにはインクルージョンが叫ばれているし、確かな教育技術を持ってすれば、その方が長期的に将来性を考えた場合に効果的なのだ。
市長会を教育するには、どういう方法があるのだろうか?
現行の特別支援教育を批判と言うが、今、法的に改正されたばかりであり、しかも、国も世界もインクルージョンに向かっている。そして、成功している国も多数ある。
今、地元を離れて北海道にいるのだが、こんな遠い地域でも、佐賀の市長会の発言が問題にされている。
ネットで調べてみても、あちこちでこのたびの市長会の要望書の内容が、ネガティブな印象を持って受けとめられているのがわかった。今やそんな時代なのだ。
希望としては、新聞やネットで見たモノ以外の、ポジティブな意図があったことを願うし、それを探してみたい。
明日、地元に戻るが、効果的なできることは何だろう?
地元でも、できる限り、何かを働きかけてみる。
なによりも、一体全体、どうしてこういう要望書が出てきたのか、その経緯が理解できないので、これから地元に戻って、もっと調べてみたいと思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070828-00000220-mailo-l41
佐賀県の市長会の意図は?
どんな意図があろうと、これでは、
「障害児は迷惑だ。そういう子ども達は通常学校から排除して別の学校に行くべきだ」と言っているかのように受け取られても仕方がない。
県民として恥ずかしい。
しかも、佐賀県の特別支援教育はまれに見るシステマティックな整い方をしていて、実際に有機的に機能し始めている。親達も喜んでいる。
その状況下で、市長会がこのような時代に逆行するかのような発言をするのは、一体全体、どういうことなのだろうか?
知事の反応は、文科省の言うとおりの言葉を使っており、実際に佐賀県教委ががんばっているところをきちんと市長会に伝えてくれていない。
確かにまだ完璧ではない。
最終的には「人材」が重要だからだ。
しかし、佐賀県教育委員会と、各センター校と、特別支援コーディネーターと、そして、私達、佐賀県特別支援専門家チームも、努力している。
市長会はどれほど知っていて、何が足りないと言っているのだろうか?
何が足りないというより、「排除」と取られる発言は、首長としての発言だろうか?
市長会の要望の一部を抜粋すると、
要望書は「普通の小中学校には(発達障害の)専門知識を持つ指導教師もおらず、設備面でも十分でない」と指摘し、発達障害の子を普通の学校で教育する現行の制度を批判。その上で「当該の障害児だけでなく、一般児童・生徒にも学習、生活面で深刻な影響がある」と訴えた。
(毎日新聞より抜粋)
この部分だけ見ると(新聞だから仕方が無いが)、時代を逆行しているのにほかならない。
また、そもそも、発達障害を持つ人たちにはインクルージョンが叫ばれているし、確かな教育技術を持ってすれば、その方が長期的に将来性を考えた場合に効果的なのだ。
市長会を教育するには、どういう方法があるのだろうか?
現行の特別支援教育を批判と言うが、今、法的に改正されたばかりであり、しかも、国も世界もインクルージョンに向かっている。そして、成功している国も多数ある。
今、地元を離れて北海道にいるのだが、こんな遠い地域でも、佐賀の市長会の発言が問題にされている。
ネットで調べてみても、あちこちでこのたびの市長会の要望書の内容が、ネガティブな印象を持って受けとめられているのがわかった。今やそんな時代なのだ。
希望としては、新聞やネットで見たモノ以外の、ポジティブな意図があったことを願うし、それを探してみたい。
明日、地元に戻るが、効果的なできることは何だろう?
地元でも、できる限り、何かを働きかけてみる。
なによりも、一体全体、どうしてこういう要望書が出てきたのか、その経緯が理解できないので、これから地元に戻って、もっと調べてみたいと思います。
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