出雲、福岡、そして、、、

あの後、出雲市、福岡市、で、大きなイベントに参加させていただいた。

主催者の方々、集まってくださった方々、ありがとうございました。

特に福岡では、うちのセンターで支援してきた当事者のお二人と一緒に登壇したのだが、これがとても良かった。

何が良かったかというと、集まってくださった方々にも、すくすくと良く育った成人とはこうなっているのか、うまく育っても成人期にこそたくさんの支援があったほうが良いのだということの、良いお手本になったということ。また、この二人の当事者にとっても、自己実現というか自分を見つめなおす良い機会となったこと。この両面があって、意義ある一日でした。

成人期こそ、さまざまな支援がさらに頻繁に必要になります。
特別支援教育がきちんと進むと、この二人のような大人が多数育つはずです。
そうなったときの、良い見本として、安定した成人期にこそ支援を受け続ける良い見本を、私は成人の人たちに示して欲しいと願っています。

ついつい、自分が当事者だとわかった瞬間、それで何もかも解決したかのように、他者のことに目が行って、必要以上の手助けをしすぎる当事者が多いのですが、それは対人関係の弱点とメタ認知の弱さなどにより、直ちに破綻します。そういうことが見通せない障害なので、ありがちなことです。

診断を受けるということは、何時の年齢であっても、良い支援を受け、主観的にも客観的にもより質の高い生活のあり方を求めて、道を定めて成長していく機会なのです。

自分は良かれと思っていても、自分だってまだまだなのです。

自分はどう生きていくべきか、これまでの生き方はこれで良かったのかの確認作業も合わせて取り組み、その後の支援を受けつつより良い生き方を示す、それが後輩のために一番見本となることです。

講演したり、本を書いたりという発信や、他者のASDに気づいて手伝いたいと願うことなど、そういった新しい道がある程度進んでからでないと、自分が思っているほど他者には受け入れられません。それは自分ができていないからです。すぐに見透かされ、思いは玉砕してしまいます。っというのは、そういった成人を多数見てきたからこう書くのですが。


というわけで、上記に紹介した二人は、それらの道を、診断を受けてから3〜4年以上も歩んできて、家族も理解を向上し、定期的な支援を受けながら、より良い道への進路が安定してきたところ。なので、連れて行きました。

私にとっても非常に驚くような彼らの成長振りで、本当に嬉しかった一日でした。


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