札幌の成り立ち?

札幌を出る時、タクシーのおじさんから「どこから来たの?」と聞かれたので、「佐賀から」と答えると、おじさんがいきなり饒舌になった。

「この街はね、佐賀の人がいなかったら今の姿じゃなかったんだよ」

それでよく見てみると、白髪のおジーさんみたいなドライバーさんだった。


「函館戦争が終わってね、最初の開発長官は、佐賀藩主の鍋島直正だったんだよ。その人と部下の島ヨシタケの二人がね、最初からこんなに道を広く取って碁盤目の街を設計したんだよ」


へぇぇぇ〜〜〜!!!


知らなかった。



「鍋島直正は、佐賀人にも人気のある、名君の誉れ高い人です」と、言っておいた。



幕末に日本発の大砲を鋳造するなど進取の気鋭が佐賀県人の特性を象徴しているが、小作料を猶予して特産物を奨励したり、日本で始めて西洋医学を積極的に行政が取り入れ、日本で始めて種痘を自分の息子で試した後に領民すべての健康のために広めたという藩主である。行政センスは高かった人だ。



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