マーガレット・ランシング先生の訃報

なんということでしょう。
突然の訃報に接し、私も夫も、悲しみに沈んでいます。

去年お亡くなりになった故エリック・ショプラー先生の奥様で優秀な心理学者、そして、非常にすぐれた指導者であったマーガレット・ランシング氏がつい数時間前、不慮の事故でお亡くなりになりました。


自閉症支援に携わる者は、誰しもPEP、PEP-Rを使い馴染んでおられると思います。そしてまもなく日本の皆さんはPEP3も手にすることになります。

70年代の初頭から、現場の熱心な自閉症の支援者として、ランシング先生は心から自閉症の子ども達を愛し、当時は「教育不能」とみなされていた自閉症の子ども達の可能性を見出すためのフォーマルな教育検査、つまりPEPですが、この開発をもっとも強力に推進した一人でした。PEPの検査のトレーニングビデオを見ると、マーガレット先生が検査の見本を示してくれているのを、今でも目にすることができます。


92年に留学中は、なんどかショプラー先生のご自宅にお招きいただき、マーガレット先生の手料理をいただき感激しました。その後もチャペルヒルに行くたびにやさしく声をかけてくださいました。去年、ショプラー先生の家族葬には日本の花を送っていたら、なんどもなんども「メールって慣れないんだけど、本当にありがとう」と、お礼のメールをいただいた。慣れないのに、PCに向かって、後で聞いたのだが、フェイアットビルのスティーブが手伝いながらいろんな方々にお礼メールを書いていらしたということだった。

10月にPEP3翻訳チームで訪問した時には、本当に家族ぐるみのお付き合いをなさっている大阪のN先生と一緒に、スティーブも来たのだけど、一緒にサウザンシーズンで食事をさせていただいた。その時、N先生が日本からのお土産としてオリエンタルなイメージのエプロンをプレゼントされたのだけど、お店の中でそれを着けてみて、サラッと踊って見せてくださったチャーミングな方。

研修時も、私のような者にもよく丁寧にご助言を下さった。
今でもチャペルヒルTEACCHセンターのアドバイザーをされていた。TEACCHのスタッフは皆、家族みたいだもの。
サリー・オゾノフは、PHDキャンディデートとしてTEACCH部で訓練を受けた人だ。私が92年に留学した時、彼女と少し触れ合っている。
今では、彼女がカンファレンスでプレゼンするたびに、「ショプラー先生ご夫妻や、リー(マーカス所長)、ゲーリー(メジボブ部長)らの前でプレゼンするなんて、親の前で偉そうなことするような恥ずかしさを感じます」と、いつも親しみを込めて挨拶なさる。そして、マーガレット先生は、いつも、「サリー、あなたを見てよ。なんてビッグになったの。サリー先生、私にご指導ください」なんて、心から褒めつつリラックスさせてくださっていたり。

あれもこれも、走馬灯のように思い出されることばかり。
そのどれもが、エリックの影にいるマーガレットではなく、彼女は彼女で、自立した女性として力強く素敵だった。

それぞれの方々がそれぞれの思い出をお持ちだと思います。
私は、つい先だっての5月のメイカンファレンスに参加した時、マーガレット先生を囲んでショプラー先生を偲ぶ会というのが、ほかの分科会と同時に行われていたのですが、参加しようと思って会場に行った瞬間、止めることにしたのでした。とても個人的な思い出だし心温まる大切な思い出がいっぱい、それなのに、見知らぬ人たちにそのことを話し合うのはなんだか思い出の冒涜のような気がして、別の分科会に行くことにしたのでした。



どうぞ皆さん、マーガレット・ランシング氏にお目にかかったことの無い方でも、PEPシリーズを使う時にでもよいので、TEACCHの原理と哲学の礎をかたちづくり、今でも生きたスピリットを後に続く者達に心温まる方法で伝え続けていくれていた人がいたことを、どうぞ、覚えていましょう。この方がいなかったら、あの時代に開発されたPEPが、あんなに自閉症フレンドリーなものとして誕生し得なかったのです。また、TEACCHで指導を受けたすべての人が、心優しい素敵な女性として、一人の人間としてもその生き様に感銘を受けたのです。



心より、ご冥福をお祈りします。



コメント

青いカモノハシ

私のようなものがコメントしても良いのだろうかと悩みつつ…。

マーガレット先生に直接お会いしたことはなかったのですが、
これまでTomoko先生のブログでそのお人柄に触れて、きっと素晴らしい方だったのだろうなと想像しておりました。
とても胸が痛みます。
マーガレット先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
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