愛犬の死に際しまして【御礼】

このたび、先月愛犬mocoが、事故によって他界しました。

この件につき、本当に多くの方からお悔やみと励ましを頂き、皆さんのご厚情に心より感謝申し上げます。皆さんの励ましに、どれほど助けられたかわかりません。



また、10数名のアスペルガー症候群当事者の方からもお悔やみをいただきました。

世の中では、「たかがペットの死」と思われる向きもあるのが現実ですが、

これらの当事者の方々は、我が肉親と同様の理解を示してくださり、驚くとともに、皆さんの魂の美しさ、慈しみと愛の深さに、頭が下がる思いでした。彼らの言葉と行為に、どれほど慰められたことか。どこまでも清らかで純粋な気持ちに、私の魂も洗われたような思いがしました。


生きとし生けるもの、この世に何かしらの役割を持って生まれてくるのだと言いますが、愛犬mocoは、こういった彼らの思いやりを、身をもって私に教えてくれたかのようでした。


皆さん、本当にありがとうございました。


私は、仕事復帰しています。


あけましておめでとうございます

2008年がやってきました。

去年もすごくいろんなことがありました。

個人的には、身体がさらに不自由になったり、愛犬が亡くなったりで、辛い一年でしたが、学ぶことが多い年でありました。

今年も、しょっぱなからいろんなことが起きていますが、去年より悪いことはないだろうと楽観視したいな〜と、自分を励ましているところです。

人間は完璧ではありません。

私も完璧ではありません。

いろんなことがあり、さらに歳をとってきて責任も増し、また、守るべき後進も多数になったので、辛いことも多いですが、逆に、希望も多くなってきたということもいえます。

今年も、前に進んで行こうと思います。

皆様、どうぞよろしくお願いします。



構造化の基本。

おしまのコンサルの内容と、佐賀で行った初心者コースの内容のうち、「なぜ構造化があるのか?」

「物理的構造化は、なぜ?何を目的にしているか?」

「スケジュールは、自閉症の脳機能のどの部分をサポートしているか?」

「ワークシステムは、どんな機能を持ち、自閉症の脳機能のどの部分をサポートしているか?」

「視覚的構造化は、なぜ、何のためにあり、自閉症の脳機能のどの部分をサポートしているか?そして、構造化の方法の、どの部分の位置づけか?」


というところを再確認してもらったが、これがなかなか難しいようでありました。


指導者は、上記の問いについて、一人ひとりの子どもたちの構造化や課題について、きちんと説明ができなくてはなりません。



思いつきで構造化は設定しないからなのです。



思いつきで構造化をすると、不必要な構造化がいっぱいだったり、足りなかったり、そして、奇をてらったようなできばえになって自己満足してしまったりします。子どものためじゃないんですね。


自立課題など、特にそうなりがちです。


だから、指導者トレーニングの際、とことん、説明が求められます。
これが苦しい時があるんだな〜。
苦しい時は、やっぱり、まだまだ自閉症の脳で考える切り替えができていないときなんだな。

ということは、支援者としてはまだまだなんだな。

研修の道のりですね〜。

皆さん、マイペースで良いので、確実にたどっていってください。





函館

函館に来てますよ。
機関コンサルテーションです。
教育センターでの講演もさせていただくことになっています。

すっごいドカ雪。
一晩で30センチ降り積もり、その後もふり続けています。

今日も、交通が心配だな。

ホテルが寒い気がするのは、油代の高騰で節約しているのかな。

出雲、福岡、そして、、、

あの後、出雲市、福岡市、で、大きなイベントに参加させていただいた。

主催者の方々、集まってくださった方々、ありがとうございました。

特に福岡では、うちのセンターで支援してきた当事者のお二人と一緒に登壇したのだが、これがとても良かった。

何が良かったかというと、集まってくださった方々にも、すくすくと良く育った成人とはこうなっているのか、うまく育っても成人期にこそたくさんの支援があったほうが良いのだということの、良いお手本になったということ。また、この二人の当事者にとっても、自己実現というか自分を見つめなおす良い機会となったこと。この両面があって、意義ある一日でした。

成人期こそ、さまざまな支援がさらに頻繁に必要になります。
特別支援教育がきちんと進むと、この二人のような大人が多数育つはずです。
そうなったときの、良い見本として、安定した成人期にこそ支援を受け続ける良い見本を、私は成人の人たちに示して欲しいと願っています。

ついつい、自分が当事者だとわかった瞬間、それで何もかも解決したかのように、他者のことに目が行って、必要以上の手助けをしすぎる当事者が多いのですが、それは対人関係の弱点とメタ認知の弱さなどにより、直ちに破綻します。そういうことが見通せない障害なので、ありがちなことです。

診断を受けるということは、何時の年齢であっても、良い支援を受け、主観的にも客観的にもより質の高い生活のあり方を求めて、道を定めて成長していく機会なのです。

自分は良かれと思っていても、自分だってまだまだなのです。

自分はどう生きていくべきか、これまでの生き方はこれで良かったのかの確認作業も合わせて取り組み、その後の支援を受けつつより良い生き方を示す、それが後輩のために一番見本となることです。

講演したり、本を書いたりという発信や、他者のASDに気づいて手伝いたいと願うことなど、そういった新しい道がある程度進んでからでないと、自分が思っているほど他者には受け入れられません。それは自分ができていないからです。すぐに見透かされ、思いは玉砕してしまいます。っというのは、そういった成人を多数見てきたからこう書くのですが。


というわけで、上記に紹介した二人は、それらの道を、診断を受けてから3〜4年以上も歩んできて、家族も理解を向上し、定期的な支援を受けながら、より良い道への進路が安定してきたところ。なので、連れて行きました。

私にとっても非常に驚くような彼らの成長振りで、本当に嬉しかった一日でした。